実は入学当初から、事ある毎に生徒指導室に呼び出されることが多々、あった。
流石にそんな話、わざわざ心配させる気にはならなくて…
ステイツに暮らす父にも母にも言っていない。




ひのあたるばしょ。





あれは、梅雨も明けて間もない頃だったか。


「おう、来たか五月女」
ボロイ会議机が並べられた部屋の奥の、これまた古ぼけたパイプイスに座っていた福島教諭が
こちらに振り返る。
今日も呼び出し、だ。

…この人はその際に校内放送を使わない。
こないだは怒鳴り声で誰かさんに、逃げるな、と釘刺してたけど…それはまぁ例外として。
もちろん直接言いに来ることもしないで、
他の誰かを伝令に、まして他の教師を使う時もある。
そうやって暗に周りに圧力を示しているのだろうか?
…それから、誰がいつまた呼ばれていると、
あまり知れ亘るのもこの学校では良くないことの種になりそうだ。
いろいろ思慮深い背景がありそれ相応の力もあって、
慕われてるのだと納得がいってから
自分にとっても信用出来る教師だと合点がいった。


とにかくこっち来て座れ、と招き入れられ、用意されていた椅子に腰掛けた。

ちょうど目の前の机の上に、投げ出されているように置かれていたのは
先週の都内一斉テストの答案と、大判の封筒。
確か、その封書に印字されてる…この校章は…―――
と、思案を巡らせている途中で、話を切り出された。
「花園から首席が出たのは初めての快挙だ」
「はぁ…おめでとうございます…?」
語尾が尻上がりに疑問形。
心底、どうでもいいと言わんばかりの声色で答えたら、爆笑された。
「はっは!やっぱいいなお前は」
いい、って何が、ですか。
仮にも教師が感覚論で人の良し悪し決め付けるようなこと…しないで下さい、
そんなこと言われるために呼ばれたわけじゃないんでしょう…。

…一番機嫌の悪いといった感じの無表情でその様子を眺めていたが、
気付かれなかったようなので特に効果もないらしい。

一頻り笑ったあとで、早速本題。
「で、今日はな…」
―――早い話、冷峰から編入の話が来てな、と続けられた。
…単刀直入とはよく言ったもんだ。


冷峰学園、都内で屈指のエリート進学校。
その、封筒の校章は確かにそこのものだったっけか。
言われて、思い出した。
同封されてきた学校紹介のパンフレットやカリキュラム資料も、
惜しみなくお金を掛けて作っていますー、…な装丁。

「引き抜きって言ったら聞こえは悪いがな、悪い話じゃないだろうと思って、な。」
正直言ってウチとあの学園とでは授業の質も、後の受験へのアドバンテージも雲泥の差。
優秀な生徒の将来が為を思えば、これ以上のことはない。
「冷峰の受験は受けなかったんだと?」
「はぁ…まあ…」
「願書だけは出したんだってな、残ってたみたいでな…すぐお達しが来た」

夏休みの後に簡単な面接と、筆記試験をパスしてくれれば
秋からのセメスターには間に合わせるとの好条件。
希望ならば下宿先に学生寮を手配する、と至れり尽くせり。

…粗方の説明をしている間も、
五月女は顎に手を置いて俯いて、考え込むようにしていたので、
「まぁ今すぐ答えなくていいからよ、資料持って帰っておけ」
そう言いながら封筒に書類を戻し、体の前に突き出す。
まず先に、上げられたのは視線。
それから、顎から外した手で、差し出されたのは掌の方、…を、上向きに立てて。
手渡されるものを受け取るようなシタ手ではなくて、軽く、ストップ、という手動作。
やんわりと拒否された。
そして、
「…結構です、お断りします」
即答。

これには福島の方が驚かされた。
思いも掛けず、つい…持っていた封書で、特に意味もなく扇いでやりつつ、
取繕う。
「いいんだぞ、よく考えても…それこそ親御さんと相談して、休み明けてからで」
「すみません、お気遣いありがたいんですけど、あんまり先のことは考えてないので」
考えていないのなら尚更だ。
…言い換えれば、考えているのは、
―――今のことだけ?


ガラッ


「福ちゃーん光来てねー…っていったぁー」
誰が来たのか、すぅぐわかる。ノックもしない無礼者。
五月女は反射的に半身と首を廻らせて、相手に振り返る。

期末の近いこの時期となれば、前回に引き続き、放課後に利用者皆無の図書室で
マンツーマンの個人レッスン、ということだ。
面倒を見てやってくれ、と焚き付けたのは、確かに福島自身だったが、
今日も待ち合わせていたのか。
…後輩に、テストの世話になっているという現実感の無さに、特に疑問はないらしい。

「おっ前、頼むよー今度赤点取るとヤベェんだから」
「それが人に物を頼む態度ですか…」
口調は変わらないものの、声色はとてもやわらかくて。
席を立ちながら、こちらに向き直った五月女は…
一瞬で、いっぺんに全部、
とけていた。

何がって、表情感情…いや、
取り巻いている 空気、そのもの。

………。
呆けて、見蕩れてしまった。
何だかいらんことを、理解してしまったようだ、な…。

「すみませんが、そういうことで」
…そういう、こと、か。

なるほど。
道理でもう、呼び止められもしないわけだ。
「わぁったよ、手間ぁ掛けさせやがって」
断りの電話をするのは面倒そうだ、という意味を込めたせめてもの皮肉も、
余裕で笑ってかわされる。
もう一回、すみません、と言って。
最後に、失礼しました、と、深く一礼。


ピシャリ、と
閉められた扉の向こうで、

あん?何ーなんかあったんかー
いーえ何も?…今日は数学強化日にしますかね?
うえーマジェで〜!?

遠ざかってく会話を聞いて、失笑せずにはいられなかった。
…どこか安心感も、与えられた。


まったく…一筋縄じゃいかねぇガキどもだ。




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冷峰、2年は不作でしょうか(笑)。
っておれどんだけ冷峰はキレてないと入れないようなイメージ持ってんだろ;
同じ秀才肌は熱血に七瀬さんがいますが、彼は目立つこと嫌いだろうので
1位は取らない程度に収まってるのです。

冷峰にでも入れただろう、とは度々使う表現かもしれないけれども。
私は五月女光が花園にいないなんて考えられないのですがね…。

彼はその類稀な容姿か、あるいは語学力を活かして、
何かしらで食っていけるだけの才能を高校卒業する時点で持っているはずだから
敢えて進学校に行く必要は無いよね。
それでいてヤツの一番近くにいられる巡り合わせだってんだから、本当に大した豪運の持ち主ー。
一番羨ましくて可愛い子なんです。

ん?無礼者を具体的に誰、と書いてないね。書かなくていいよね。
私の小説はいつもそうやってどこか言葉足らずになる、それがおれの作風なんだと思う。
あと、いずれ書く話に各所繋がりまくるので、そちらを読んで欲しいので(苦笑)。