『1番にこだわって、いい気になって、メンツ潰さねぇことばっか気にして…それが何か力になったか。
テメエの足にわざわざ余計なもんばっかぶら下げて、引き摺って。
本当に強くあろうとするんなら、ンなもん全部棄てちまえ。覚悟が足らねぇんだよ。』
耳の奥に響く、記憶の中の声に被るように、現実に引き戻すように、
3限開始のチャイムが鳴る。
クラスでは現国が始まっている筈…こんな良い陽気の日に、一番かったるい授業など受ける気にならなくて。
出席日数に余裕があるとなれば、それをフルに活用しない手はない。
そんなワケで、体育館裏に陣取って現在に至る。
以前のグループでは、ここで、わけもなくこぞってフケるのが日課だった。
…好きな授業、嫌いな教師を問わずに、だ。
今考えれば、心底あほなことをしてたものだと思わずにはいられない。
…時間が経つにつれて、あの時の言葉は脚色されてはいるが。
でも全てを変える切欠となった。あの力強い言葉は、まだ俺の中で息衝いている。
「…前田さん?」
sabotage.
静かな、だが良く通った声に呼ばれてそちらを見上げれば自分と同じ青い制服と、
それよりも深い青の瞳と髪の青年が、袋小路になってるこちらに向かってきている。
こちらも倣って名を呼び返す。
「…さおとめ」
「どもコンニチワ」
自然と綻んだ顔を覗かせ、軽く会釈する。端整な顔立ちに、礼儀正しい立ち居振る舞い。
前は喉元までしっかり留めて、いかにも模範生な雰囲気…この花園には似つかわしくないほどに。
だが、
「何だお前もサボりか」
「ええ、英語の文法なんて聞いててもどうしようもないだけですから。」
そう言いながら、自分の横に1人分スペースを開けて腰を下ろす。
この時間にこんな場所にいても、然程不自然ではない。
その風貌通り、成績はダントツトップの優等生にもかかわらず、意外にも彼…五月女光はサボリ魔だったりもする。
…むしろ授業のレベルが低い、ということだ。
特に外国語は無用の長物…確か高校に上がるまでずっと、日本にはいなかったって話だったか。
…下手な英語教師よりも余程出来るはずだ。
各教科担、一般生徒や不良グループからすらも年齢性別問わずに信頼され、敬遠されている。
…あくまで良い意味で、だ。
「…屋上行けばいいのによ?」
そっちはりきの溜まり場だ。自分も最近はちょくちょく顔を出している。
「誰にだって、喧しいのに構いきれない日はありますよ」
「言うねぇ」
「…貴方だって同じでしょ…って、あ」
「ん、何だ嫌いかこれ?」
これ、と言って不意に掲げると、先端の火が空気を含んで新たな煙を噴く。
「いえ、別に。知らなかったので…吸ってたんですね」
「おう…最近は禁煙してたんだけどな」
「道理で、体力無いですものね前田さんは」
グサリ。
「…そおだな…」
「…?」
聡明だが、物言いは至ってストレート。
もちろん他の不良達…まして、りきを相手にしてもその強い主義主張は同じである。
この男が、学校の不良どもを束ねるりきの右腕であり、その知力と冷静さが花園の要となっているのは周知の事実。
そして、その細い肢体に備えた力も相当のもので。
誰しもが、来期の花園は彼がまとめていってくれるだろうと思っている。…無論、この自分も。
…もしも、の話。
年甲斐もなく、ただの殴り合いに持ち込んだら、勝つことも可能かもしれないとも考えてしまう。
…自分が今年卒業でなかったら、波風立ててしまっただろうしな……いや、きっと、たぶん。
それに…こいつの闘い方がより活かされるのは、誰かと組んだ時や、人海戦術の時なんかだろう。
自分は殴り合うことにしか能がない。
彼の場合はその頭脳はもちろん、スポーツ競技のような身体能力と度量を競い合うことも万能に、何でもこなせる。
顔も性格も良く、人望も申し分ない。
自分の土俵でだけ勝ってもどうしようもない…他の面で全てコールド負けしているのだ。
…正直言って隣に座っていて良いものかと、未だに思うほどに。
「…あ、でも今屋上行ってもりきさんたぶんいませんよ…3限体育だったはずだから」
「…知ってんのかよ、んなもん…」
「はぁ、すみません」
…お前みたいなヤツが、よくもそこまで…なぁ?
「………」
『人の上に立って力を示すことばかりが、強さを得ることじゃない。』
…りきにそう教えられたのと同様に、この男のこういう様を見ていてもそれを感じずにはいられない。
コイツも同じように、いやそれ以上に深く、りきに惚れ込んでるんだろうな。
「…だろうな」
「―――ハイ?」
ポロッと洩れた声を拾われた。本当に…抜かりがねぇな。
「あ、いや、お前はさ…りきとは付き合い長いよな…俺と比べたら、の話だけどよ」
「……はぁ、まぁ」
「よくもまぁ飽きもせずに、あんなのと一緒にいるよなー…なんて、思ってよ」
「……損得勘定が下手なもので。」
「…自覚してんなよ…」
「それは貴方の方が重症でしょ」
その言葉に固まった自身を尻目に、手の中のそれから、ポトリ、と灰が落ちる。
…借り貸しに拘ってる手前を見透かして、茶化しやがった、とあっては…。
言った本人、五月女はさぞかし楽しそうに笑って―――…続けて、応える。
「僕は、そうですね…あの人だから、放っておけなかったのもあるんですけど。」
「…―――」
「意識する間もない内に…会う度、そばにいるのが普通になってったから」
「………」
「一緒にいたい、なんて意思は後付けですよ。理由なんて要らない…」
「………」
「そんなモンなんじゃ、ないんですか?」
―――貴方も、でしょ?
口にこそ出してはこなかったが、こちらを見上げる笑顔にはそう書いてあって。
つい、つられて自分も、笑っていた。
「…そうかも、な」
…何処ぞかで、でも確かに屋外から、バカデケェくしゃみが聞こえた気がした。
こんな暖けぇ日に風邪引く馬鹿はいねぇだろ…気のせいだ、きっと。